退去立ち会いの際、「この傷は最初からありました」「いえ、入居時にはなかったはずです」という、お互いの記憶に頼ったやり取りほど、虚しく、そして不安なものはありません。
誠実なオーナー様ほど、こうした「不毛な水掛け論」を避けたいと願うものです。そこで鍵となるのが、入居時に取り交わす「状況確認リスト(現況確認書)」です。
これは単に入居者を縛り付けるための証拠書類ではありません。むしろ、「入居者様を不当な請求から守り、オーナー様が安心して鍵を貸し出せるようにするための、双方の安心の記録」なのです。
敷金診断士の視点から、このリストがなぜ「出口戦略」の成否を分けるのか、その真価を解説します。
1. 「記憶」を「記録」に変える、入居者への思いやり
人間は、数年も住めば入居直後の部屋の細かな状態など忘れてしまうものです。それはオーナー様も入居者様も同じです。
1-1. 曖昧さが不安と不信感を生む
退去時に傷を見つけたとき、記録がなければ「自分がつけたかもしれない」という入居者様の不安と、「入居者様がつけたに違いない」というオーナー様の疑念が衝突します。この不信感こそがトラブルの火種です。
1-2. 「入居時の状態」を肯定するプロセス
入居時に一緒にリストを埋める、あるいは入居者様にチェックしてもらい、写真を添えて共有しておくこと。これは、「今の綺麗な状態を一緒に確認しましたね。ここから始まる生活を応援しています」というオーナー様からのメッセージでもあります。 事実を確定させておくことは、最高の「入居者保護」なのです。
2. 診断士が教える「生きたリスト」にするための3つのポイント
形だけのリストでは意味がありません。退去時に「物差し」として機能させるための工夫が必要です。
2-1. 写真は「広角」と「接写」の両方を
言葉だけでは伝わりにくいのが傷の程度です。「床に傷あり」と書くだけでなく、
- 部屋全体における場所がわかる「広角写真」
- 傷の形や大きさがわかる「接写写真(定規を添えるのが理想)」
- この2枚をセットにすることで、数年後の立ち会いでも「ああ、この傷は確かにあの時からのものですね」と、笑顔で確認し合えます。
2-2. 設備の状態も「見える化」しておく
壁や床だけでなく、設備の動作状況もリストに含めましょう。 「エアコンの効き具合」「換気扇の音」「水回りの流れ」。これらを最初に入居者様と共有しておくことで、故障時の対応がスムーズになり、管理会社への正確な指示(監査)にも繋がります。
2-3. 「特約」と「リスト」を連動させる
例えば「クリーニング特約」がある場合、リストに「クリーニング済みで非常に清潔な状態」と明記し、写真を添えておく。これにより、退去時のクリーニング費用の精算に、入居者様も「これだけ綺麗にしてもらったのだから、次の方のためにも必要だ」と納得しやすくなります。
3. 管理会社の「誠実さ」を測るベンチマーク
この状況確認リストは、実は管理会社の仕事の質を映し出す鏡でもあります。
- 入居時にリストを作成していない。
- 写真が不鮮明で、どこを撮ったか判別できない。
- 入居者様にリストを共有し、控えを渡していない。
こうした管理体制では、退去時に揉めるのは火を見るより明らかです。オーナー様が「しっかりしたリストを作りたい」と提案した際、面倒くさがらずに動いてくれるかどうか。それは、その管理会社がオーナー様の「出口戦略」を真剣に考えているかどうかの指標になります。
【まとめ】リストは、円満な退去への「予約票」
状況確認リストを丁寧に作成することは、手間がかかる作業かもしれません。しかし、その一手間が、数年後の退去立ち会いを「感謝の場」に変えてくれます。
「入居者様を守るために、今の状態を正しく記録しましょう」 そう言ってリストを差し出すオーナー様を、入居者様は信頼します。
正しい記録という土台があってこそ、初めてガイドラインという物差しが正しく機能するのです。
